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東京高等裁判所 昭和32年(う)1824号 判決

控訴人 被告人 本間三次郎 外一名

弁護人 海野晋吉 外三名

検察官 吉川正次

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人海野晋吉、同柳沼八郎、同内田博連名作成の控訴趣意書並びに弁護人長島兼吉作成の控訴趣意書各記載のとおりであるからこれを引用し、これに対し当裁判所は次のように判断する。

弁護人海野晋吉、同柳沼八郎、同内田博の控訴趣意第一点の一、二、理由不備並びに弁護人長島兼吉の控訴趣意理由不備の各論旨について。

所論は、原判決の判文には被告人等の行為が如何なる任務に背くものであるかその任務が具体的に示されておらず、被告人等に任務違背の認識のあつたことが示されておらず、又被告人等の貸付行為により組合が貸付金額と同額の損害を受けた事由につき何の説示もなされていないから原判決には理由不備の違法があると主張する。よつて案ずるに、原判決はその事実理由において、被告人本間三次郎は昭和二八年一一月中旬頃より内海府漁業協同組合の組合長として、同組合を代表し、その業務の執行、財産の保全等組合の業務全般を統轄し、被告人後藤幸太郎は同じ頃より同組合の常務理事(後に専務理事)として、右組合長を補佐し同組合の業務全般の経営に当り、いずれも同組合の事務の処理に任じていたものであるが、その各職務に従事中の同年一二月には同組合では組合員に対する貸付は事業資金の貸付以外の貸付事業を行つていなかつたのにかかわらず、被告人等は共謀の上、前記任務にそむき組合員山本勘次の利益を図る目的を以て同月二三日頃新潟県両津市大字夷所在の同組合事務所で右山本勘次から東京に居住する同人の二男の商業資金とするため金三五万円を貸付せられたい旨懇請せられ、即時同所で同人に対し非事業資金として金三五万円を貸付け(計理上は借地料の支払として処理し)て、同組合に同額の財産上の損害を与えた旨判示しており、背任罪の事実摘示としてはやや簡に失するの嫌いがないでもないが、被告人本間は判示組合の組合長として同組合を代表しその業務の執行、財産の保全等同組合の業務全般を統轄し、被告人後藤は同組合の常務理事(後に専務理事)として右組合長を補佐し同組合の業務全般の運営に当り、いずれも同組合の事務の処理に任じていた者であり、その業務の一部として組合員に対する資金の貸付があり、右貸付については組合員め事業に必要な資金の貸付だけが認め、られそれ以外の資金の貸付は認められておらず、従つて被告人等が組合業務の執行として組合員に対し組合所有の金員の貸付をなすにあたつては、それが組合員の事業に必要な資金であるか否かを確めた上、非事業資金である場合には貸付の申入れを拒絶し以て組合の財産の保全を図るべき任務を有していたものであること、被告人両名は判示日時場所において組合員山本勘次より三五万円の貸付の申入れを受け、その際同人より右金員が同人の事業に必要な資金としてではなくて東京在住の同人の二男の商業資金とするために必要なものであることを告げられたので、それが組合員の事業に必要な資金以外の貸付の申入れであることを十分知つていたのであるから、そのような資金の貸付をすることは前記被告人等の任務に背き組合所有の財産を減少させる行為であることは明らかであり、組合の業務執行にあたる被告人等としては山本の右申入れを拒絶すべきであつたのにかかわらず、そのことを認識しながらあえて右山本の利益を図る目的を以て同人に判示三五万円を貸付けた事実を判示しているものであることは判示説明自体によりこれを認めることができる。そして、前記のように組合長、常務理事として組合の事務を処理する任務を有する被告人等において山本の利益を図りその任務に背き資金の貸付をした場合には、その貸付と同時に、その貸付金の回収が可能であると否とにかかわらず貸付金の返済を受けることができるか否かの危険を本人である組合に負担させたものといわなければならないから、右貸付金の確定的に回収不能となつたとかあるいはその回収についての見込がほとんど立たないという結果の発生を竢つことなく、右貸付行為により組合に対し財産上の損害を加えたものといわなければならないのであり、しかも右のような実害発生の危険を本人である組合に生じさせるものであることは被告人等の当初から認識していたものと認むべきことは事理の当然であるから本件において被告人両名の任務の内容並びに被告人両名に任務違背の認識のあつたことは原判決の事実摘示により十分にこれを推知し得るものということができ、原判決にはそれらの点に関する判示として欠くるところはないものといわなければならない。又右のような場合、組合に与えた損害の額は、その貸付の当時において、後に組合がその弁償を受け得るか否かにかかわりなく、貸付額と同額と評価すべきことは当然であるから、原判決がこれと同様の見解の下に貸付金が確定的に回収不能となつたかあるいはその回収見込がほとんど立たなくなつたかというような点につき特に説示しなかつたことは何等所論のように不法を以て目すべきではない。従つて原判決には所論のような理由不備の違法は存しないから論旨は理由がない。

海野、柳沼、内田三弁護人の控訴趣意第二点事実誤認、長島弁護人の控訴趣意第一点乃至第四点事実誤認、法令適用の誤の各論旨について。

所論は、被告人等には自己の行為が任務に違背することの認識すなわち背任の犯意はなかつた、又被告人等の行為は本人である内海府漁業協同組合の利益を図る目的を以てなしたものであつて第三者である山本勘次の利益を図る目的を以てなしたものではなかつた、又山本勘次に対する三五万円の交付は同人に対する貸付ではなく山本所有の土地の使用権を右組合が現在及び将来に向つて確保するための代償として支出したものすなわち組合自身の事業を執行するための経費の支出行為であり信義則に違背した行為でなく従つて背任行為ではない、更に又被告人等の行為により組合に対し何等の損害をも加えていないのである、しかるに原判決がその摘示のような事実の認定をなし被告人等を背任罪に問擬したのは事実の誤認又は法令の適用の誤を犯したものでつてその誤は判決に影響を及ぼすこと明らかであると主張する。よつて案ずるに、原審及び当審において取り調べた各証拠を総合すれば、被告人本間は水産業協同組合法に基き設立された内海府漁業協同組合の組合長として同組合を代表しその業務の執行、財産の保全等組合の業務全般を統轄し、被告人後藤は同組合の常務理事として組合長を補佐し同組合の業務全般の運営に当り、いずれも同組合の事務の処理に任じていた者であるところ、昭和二八年一二月二三日頃組合員山本勘次より「東京居住の同人の二男の菓子製造業の商業資金に充てるため必要であるから三五万円を組合より貸付けられたい」旨申入れを受けたが、当時同組合の事業として行つていた資金の貸付については、組合員に対してのみ、しかも組合員の事業のため必要な資金に限つて貸付けることができると定められており、組合員に対する貸付であつても組合員の事業資金以外の貸付は組合の事業としては認められていなかつたので、組合の業務執行の任務を有していた被告人等としては、かかる非事業資金の貸付の申入れがあつた場合には組合財産保全のためその申入れを拒絶しなければならない立場にあり、このことは被告人両名において十分にこれを知つていたため、山本よりの右申入れに対しては直ちに承諾の意を現わすことなく躊躇の色を示したのであつたが、山本より財政上の窮状を訴えての懇請を受けるや、これに同情し、被告人両名相談の結果同人の申入れを承諾し、即日同人に対し組合所有の金三五万円を弁済期を三年後と定めて貸付けた事実を認めることができ、右事実によれば被告人両名は共謀の上山本勘次の利益を図る目的を以て同人に対し非事業資金として三五万円の貸付をしたものであり、その貸付行為は右組合の業務執行者としての任務に違背してなされたものであり、その任務違背であることを認識しながらあえてこれをなしたものであることは明らかであるといわなければならない。もつとも証拠によれば、被告人両名は、山本勘次より前記資金貸付の申入れを受けた際、右山本に対し、同人所有の新潟県佐渡郡内海府村大字黒姫字宮の本一五番の田七畝五歩及び同字一〇番の一田一畝歩の二筆の土地を、右組合の業務である黒姫漁場におけるぶり定置漁業を経営するのに必要であるからこれが使用をさせて貰いたい旨申入れ、山本においてこれを承諾し、その直後に右三五万円の貸付をしたこと、その当時右組合は黒姫漁場におけるぶり定置漁業を自営するのに山本勘次所有の前記土地が必要であり、特にその土地の一部地上には漁業経営に必要な漁網その他の漁具類の格納倉庫が二棟存在しそのうち一棟は当時右組合の所有に属しており、他の一棟は未だ組合の所有となつてはいなかつたが組合において将来その所有権を取得してこれを使用したい意向を持つており、又右二棟の倉庫敷地の中間にある水田の部分も右組合の漁業経営のため必要な作業場や飯場建設の敷地として必要度の高い場所であつたこと、それにもかかわらず右組合と山本との間には未だ右土地の使用につき明確な取決めもしていない有様であつたので被告人両名は山本に対し「右土地を組合の漁業経営のため使用できるように爾後継続して借受けたい、又山本において前記貸付金を弁済期に返済できないときは右土地をその当時の時価で組合に売り渡す旨の契約をされたい」旨申入れ、山本の承諾を得たものであること、そして被告人両名がかような措置に出たこと自体は同人等が組合の業務執行者として組合の利益のために行つたものであることは認められるけれども、もともと山本勘次に対する非事業資金の貸付と山本所有の前記土地の貸借とは何等かかわりのない事柄であるから、組合の業務執行者たる者は組合の漁業経営上必要であれば、組合員からの資金貸付の申入れに対する諾否と関係なく、その必要な土地借受けにつきその所有者と交渉をなすべきであることは当然のことといわなければならないのみならず、山本勘次の司法警察員に対する供述調書、原審及び当審における供述によれば、山本は元来前記内海府漁業協同組合の組合員であり同組合の事業の発展を希望していた者であつて、現に同人所有の前記土地の上に在る前記倉庫のうち一棟も本件資金貸付の数ケ月前に組合に売渡したものであり(他の一棟の倉庫も本件資金貸付の数ケ月後山本の尽力により組合がその所有権を取得した事実がある)、その所有の前記土地が組合の黒姫漁場における漁業経営に極めて必要なものであることは十分承知していて、組合をしてその土地を使用させることについてはいささかも異見を持つていたものではなく同組合以外の者に対し右土地を売却したりあるいはこれを担保として金融を受け将来組合に右土地の使用を困難ならしめる結果を生ぜしめるような行動に出ようと考えてはいなかつたのであり、従つて山本は当時金員入手の必要に迫られてはいたが、被告人等に対して資金貸付の申入れをした際に、右土地を他へ売渡し又は担保に供するため必要だから返還して欲しいと申出でたりあるいはそのような気配を示したことはなかつたことを認めることができ、原審証人道下権二、被告人本間の原審及び当審各公判廷における供述中山本から右のような申出があり又はその気配が感ぜられたとある部分はたやすく措信し難く、その他被告人等が山本に対しその申入れにかかる資金貸付を承諾しなければ組合が将来右土地を使用することが困難になるような特段の事情があつたとは到底認められないのであつて、ただ偶々山本より資金貸付の申入れがあつたのを機会に被告人等が山本に対し土地使用に関する交渉をしたものであることが認められるのである。所論土地賃貸借協約書と題する書面の第三項に「借地料及びその敷金の意味を含めて金三五万円を支払うものとする」、第四項に「山本勘次は右三五万円を昭和三一年一二月末日までに元金だけを組合長本間三次郎に反対支払することを確約する」との趣旨の記載があることは所論のとおりであるが、右協約書の記載内容を仔細に検討すると本件三五万円の性質につき直接明確にこれを表現してはいないけれども、その金の本来の性質が前記土地の借地料や敷金以外のものであることが窺知されるのであり、これと原判決挙示の各証拠、山本勘次の原審並びに当審における証言を総合して考えると、被告人等は右協約書により山本所有の前記上地を爾後組合において借受け将来継続してこれを使用し得るよう約定するとともに三五万円の交付につき実際は任務違背の非事業資金の貸付であるのにかかわらず名目上これを右土地の借地料及び敷金となし組合の事業に必要な土地借入の経費の支出であるかのように表面を糊塗しようとして前記のような記載がなされたものであると推定されるので、右協約書があるからといつて本件三五万円の交付が山本に対する非事業資金の貸付ではなくて組合の事業経費の支出行為であるとなすことはできない。又所論小島作二郎作成の答申書に本件三五万円の支出につき組合の山本に対する借地借家料として支払つたもので帳簿上組合の欠損金として処理された旨記載されていることは所論のとおりであるが、このことから直ちに右答申書を以て被告人両名に任務違背の認識がなかつたことの証拠とすることができないことは勿論である。してみると、被告人等の山本勘次に対する本件三五万円の交付は山本に対する非事業資金の貸付であつて組合の事業経営のため経費の支出ではないこと、山本の利益を図る目的を以てなされたものであつて組合の利益を図る目的を以てなされたものと認められないこと、任務に違背することの認識を有しながらなされたものであり且つ信義則に反する行為であることは明らかであるといわなければならないので、これらの点に関する所論は採用に由ないものといわざるを得ない。又刑法第二四七条に「財産上の損害」とあるのはすべて財産的価値の減少を意味するものであり、ひとり財産的実害を生ぜしめた場合ばかりでなく、実害発生の危険を生ぜしめた場合をも指称するのであつて、前示のように組合において組合員に対する非事業資金の貸付が認められていないのにかかわらずその定めに違背し山本勘次の利益を図る目的を以て同人に対し非事業資金として三五万円の貸付をした場合には、回収不能又は回収困難な事態の発生を竢つことなく、右貸付をしたことによつて組合に財産上の損害を加えたものと解するのが相当であり、被告人等において右のような損害を本人である組合に加える認識があつたものと当然認められるのであつて、山本所有の右土地の時価が五〇万円を下らないものであり、右貸付以後山本その他の者から右土地の明渡の要求を受けたこともなく、現に組合において右地上にある倉庫を使用中であり、組合の右土地に対する使用料が無料であるというような事情があつたとしても、それらはいずれも右認定を覆すべき資料とするに足りないし、又組合に加えた損害の額は右貸付の際においては貸付額と同額に評価すべきことは当然であるといわなければならない。しかして原判決挙示の各証拠を総合すれば原判示事実は優にこれを認定するに足り、原判決の証拠に対する判断には毫も経験則違背は認められず、記録を精査するも原審には所論のような審理不尽はなく、原判決には所論のような事実誤認の廉は認められない。又右認定事実に対し刑法第二四七条を適用処断したのは正当であつてその法令の適用にも誤は存しない。それ故論旨はいずれも理由がない。

(その余の判決理由は省略する)

(裁判長判事 長谷川成二 判事 白河六郎 判事 関重夫)

弁護人海野晋吉外二名の控訴趣意

第一点原判決には以下述べる如き理由不備並びに審理不尽と判断遺脱の違法があり、その破棄は免れない。

一、原判決の罪となるべき事実の摘示は本件の罪名とされている背任罪の構成要件事実としてその態をなしておらず、結局判文自体から被告人等の所為が刑法第二四七条に該当するか否かを認識し難いものである。その理由は次の通りである。

凡そ一定の行為が刑法上背信行為とせられるには、当該行為が信任関係にある被害者たる本人に対し如何なる点でその任務に背くものであるか具体的に観察して判定すべきものである。換言すれば、行為者が如何なる根拠をもつ如何なる内容の任務に違背したかが具体的に問題にせられなければならない。これを本件について言うならば、被告人等が組合員山本勘次に対する金三十五万円の貸付行為がいわゆる任務に背く行為であるとされるためには、背任行為の本質に関する学説の如何なる立場に立つても、貸付行為そのものが禁ぜられていない限り、如何なる対象範囲に如何なる限度額で、そして如何なる方法乃至条件において貸付が許容されているか。すなわち当該行為の違法性につき評価判断する基準の存在とその内容が判断され、従つて又そのことが判文上明らかにされていることを要する。然るに原判決によれば………慢然「いずれも同組合の事務の処理に任じていたものであるが、その各職務に従事中の同年十二月には同組合では組合員に対する貸付は事業資金の貸付以外の貸付事業を行つていなかつたにかかわらず、被告人等は共謀の上、前記任務にそむき云々………」。と判示しているのみで、当然説示すべき被告人等の本件の場合における「任務」の具体的説示を欠いている。従つて結局被告人等の具体的行為が果して如何なる任務に背くものであるかは判文上不明なるに帰し、背任罪の事実摘示としては理由不備の譏を免れないものである。

二、原判決の事実摘示をみると前項に指摘した以外に背任罪の本質に鑑み当然審理判断すべき次の二点について説示を欠き、従つて判文から被告人等の行為を以て背任罪とする合理性については到底疑なきを得ない。

すなわち、背任罪は故意犯であるのは勿論、いわゆる目的犯であり、同時に結果犯でもある。判文は一応「前記任務にそむき組合員山本勘次の利益を図る目的を以て同月二十三日頃………中略………即時同所で同人に対し非事業資金として金三十五万円を貸付け(経理上は借地料の支払として処理し)て同組合に同額の財産上の損害を与えたものである」と要件事実を説示に及んでいるかに見える。しかしながら本件の罪となるべき事実の最も基本的なものは金員の貸付行為である。そうだとすれば、前述したように故意犯であり且つ結果犯である本件では、貸付自体が違法とされる形式犯でないのであるから第三者の利益を図ると共にその貸付金銭が回収不能となる虞ありとの結果に対する予見(もとより確定的に回収不能なりとの認識を要しないであろう)あることを要するものと言わなければならない。その点の判断は全く示されていない。この点が本項冒頭に述べた二点の中の一つである。

次に被告人等の山本勘次に対する貸付金(その性質にして判文の通りなることを前提として)であるならば、組合が右貸付金と同額の損害を受けたとされる為には、この貸付金が確定的に回収不能となつたか、或はその回収についての見込が殆ど立たないと言う場合でなければならない。然るに原判決にはこの点について全く説示を欠いている。結果の発生が事実上あつたかどうかの点は暫くおき、判文自体から、貸付があつて、それが同時に損害となつたというのは論理の飛躍これに過ぐるものはない。結局原判決は背任罪の構成要件たる事実の説示として極めて非論理的でいわゆる理由不備なること明らかである。

以上の通りであるから原判決は刑事訴訟法第三七八条四号、同第三九七条に基き破棄せらるべきものである。

第二点原判決には以下述べるような判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認があるからこの点でも破棄を免れない。

一、犯意と目的について

凡そ背任罪につき行為者に犯意ありとせられるには、「自己の行為が任務に違背するとの認識あるを要する」こと、通説判例である。(大審院大正三年二月四日判決、刑録二〇輯一一九頁)又目的犯である背任罪にあつては、「他人のためその事務を処理する者が、その任務に違背をした行為をして本人に損害を与えた場合であつても、本人の利益を図る目的でしたときには犯罪の成立はない」ことも判例学説により確定された見解である。(大審院大正三年十月十六日判決-刑録二〇輯一八六七頁、同院大正十五年四月二十日判決-刑集五巻一三六頁参照)然らば本件被告人等について、右にいうところの犯意と目的があつたであろうか。以下記録を引用しつつこの二点について検討する。

(一) 被告人等が法廷において前記のような「任務違背の認識」があつたとの供述をしたことは全くない。却つて第一回公判期日の冒頭手続における供述には「両名は内海府漁業協同組合の業務運営上已むを得ざる事情の下に本件の三十五万円を山本勘次に貸付けた」として、その已むを得ざる事情というよりはむしろ組合にとつて極めて有利な特約をとりつけている事実を述べている。そこに「自己の任務に違背する認識」のなかつたことは明らかと云わなければならない。

次に判決が証拠の標目として掲げる各証拠についてみるに、先ず山本勘次の司法警察員に対する供述調書に徴すると、(特にその四、五項参照)「組合長と専務が私に、金を貸してもよいが、今後黒姫漁場で必要のときはあんたの土地を貸してくれるか、-必要のときにはぜひ使用してもよい-それなら三十五万円貸付するから黒姫が必要のとき土地を使用させるという契約書を作成してくれ………」という折衝応答のあつたことが明らかにせられており、更に後述するような各点から山本勘次所有地が組合事業の遂行上必要不可欠なものであつたという客観的事情の下では、右の土地使用に関する交換条件を交渉の真先に持ち出していることからみて、本件三十五万円の支出に際し被告人両名に「任務違背の認識」がなかつたものと認むべきことは多言を要しない。更にこの犯意の存否につき一見被告人の不利益に見える小島作二郎作成の答申書によれば、(記録四四丁参照)本件三十五万円の支出が「借地借家料」として会計上処理せられていることは判文も明らかである。成程右答申書中にはこの三十五万円が被告人後藤の切つた伝票により欠損金として処理されたことになるとの記載があるけれども借地借家料として経費勘定に仕訳したからと言つて、それが直ちに損金として処理されたことにならないことは後述する通りであつて、況んやこのことは却つて、本件行為の当時両被告人の心情は組合のための土地確保に意識が集中していたこと、つまり任務違背の認識など微塵もなかつたことの何よりの証拠であると言わなければならない。或いは原判決は被告人本間の第二回検察官調書(七項以下)及び後藤被告人の第一、三回検察官調書の記載を証拠として犯意と第三者図利の目的を積極に認定しているものとも考えられる。しかして本間被告については右第二回の検察官調書に恰も本件犯行を自白したかに見える部分の供述記載がないわけでない。しかしながら第七項以下の供述はいわば法律上の見解-しかも定款や水産業協同組合法の明示の規定に反する-にすぎず、むしろ検察官の誘導によるものとしか考えられない。その後第三回供述調書により合理的な理由をあげてこれを否定していることは云うまでもない。しかも直接犯意を認めた部分はなく、精々只「事業資金以外の貸付はできないと思つていた」というに止まりこの貸付行為が組合に対しての任務に背くとか或は損害を与えるという認識の下に行われたとの事実を認定することは勿論、山本勘次なる第三者の利益を図る目的で本件行為がなされたことを認むべき供述部分は全然ない。

以上のことは後藤被告の前記供述調書についても同様である。これに反し法廷に顕出され、判決が証拠として援用しない甲第一号証の組合長本間三次郎と山本勘次との間の協約書中土地使用に関する取決めの存在とその内容は、明らかに被告人等が組合に利益をもたらすとの認識と、組合事業遂行に利せんとする目的を以て本件の金員支出をなしたことを窺わしむるに十分である。

以上いかなる観点からも犯意と目的の二点を原判決のように認定したことは証拠に基かないか、証拠の価値判断に経験則違反を犯した結果、事実認定上重大な誤りに陥つたものと断ぜざるを得ない。

二、背任行為について

(一) 凡そ一般的に言つて或行為が刑法上背任行為とせられ処罰の対象となるには、その行為が本人にとつて背信行為であること、換言すれば信義則に違背した行為であることを要する。しかしてこの行為の背信性の有無の判定は、その行為に出ずるに至つた動機、目的等行為者の主観面と密接ではあるが、一応これと離れてその行為が本人から信託されている任務の本旨に合致するものであるか否かを全体的に且つ客観的に考察して決しなければならない。もとより本件における被告人等の所為がその動機と目的において決して本人たる組合を害するものでなかつたことは既に述べたとおりである。

進んで被告人等の本件所為をみるに原判決の摘示によれば「被告人等は共謀の上、前記任務にそむき組合員山本勘次の利益を図る目的を以て、同月二十三日頃………中略………同組合事務所で右山本勘次から東京に居住する同人の二男の商業資金とするため金三十五万円を貸付せられたい旨懇請せられ、即時同所で同人に対し非事業資金として金三十五万円を貸付け(計理上は借地料の支払として処理し)て、同組合に同額の財産上の損害を与えたものである」というのである。右摘示の中さきに論じた目的の点と、後に論及する結果の部分を除いて、本件罪となるべき事実の最も基本的な部分は、要約するところ、

組合員である山本勘次から同人の二男の商業資金として三十五万円の貸付申込に応じ、非事業資金として同額を貸付けた行為ということになるが、原判決はその前の部分において

昭和二十八年十二月には同組合では組合員に対する貸付は事業資金以外の貸付事業を行つていなかつたのにかかわらず

と判示して、この前例を破つたことに背信の根拠を求めているかのような説示を行つている。而してその不当なことは、前例自体が組合の執行理事者等に対する制約であると考えられないし、又その前例の内容たる非事業資金の貸付がなかつたという単なる事実は理事者に対し如何なる根拠で執行行為を制限していたかについては判文の説示自体から全く不明であり前例を排したことにつき以下のべるように相当な理由のある本件では多言を要しない。そこでここでは前記基本行為について、果してこの行為が本件記録に顕れた証拠から積極に認定しうるか、又仮りに認定しうるとして右行為がさきに述べた基準に照らして背信行為と断定しうるか否かについて検討を加えることとする。

(二) 本件における山本勘次に対する金三十五万円は貸付金ではなく、その名目や会計上の処理はともかく、その実質は山本所有土地の使用権を組合が現在及び将来に向つて確保するための代償である。それが法律上或いは売買予約の契約金乃至代金であるとも、或いは敷金であるとも、或いは借地料の前払であるともその性質を判定することができるであろう。そのことは何等本件では問題でない。それにも拘らず証拠上動かし難い甲第一号証の協約言によれば、右三十五万円について (イ) 元金三十五万円は三年後に返済する約だが期限に返済しないときは、組合が時価でその所有権を取得しうること。(ロ) 利息は附さないが、右三年間の土地使用料も亦支払うことを要しないこと。

などいずれも単純な貸付行為というよりは、むしろ土地使用権乃至所有権の確保の手段としてなされた支出であると認定するのが相当である。従つてこの土地使用の権利確保乃至所有権までも取得せんとする意図のもとにおける支出が組合にとつて背信行為とせられるためには、第一に先ず、この土地の使用が組合事業にとつて緊要不可欠であるかどうか。第二に本件当事右土地は何等かの出捐を要する法律的状態にあつたものかどうか。第三に若し右各点がその通りであるとして、金三十五万円が右の如き趣旨の支出として相当であつて不当に高価なものでないかどうかが問題とせられなければならない。

(三) 先ず右第一の点についてみるに、山本勘次所有の土地上にある倉庫、番屋二棟は本件当時丸和水産及び二崎等からそれぞれ取得した許りであつて、漸く被告人等新執行部責任者の努力で発展の緒をつかみかけていた黒姫漁場にとつては、網、ロープ、魚箱などの格納と数十人の漁夫の番屋飯場をかねた建物として絶対必要な施設であつたことは山本の証言(一七二丁以下)、本間市之助の証言(二二九丁以下)並びに検証調書によつて十分認めうるところである。而してその敷地は勿論右両施設の間にある山本所有の水田を合せて組合が使用権乃至所有権を確保することは、網染作業の用地及び将来黒姫漁場の発展と共に拡充さるべき格納庫、作業場、番屋の綜合施設の敷地として組合事業にとつて絶対不可欠であつたことは、公判廷におけるすべての証言の一致した点であつて、もはや一点の疑もない。そしてこの問題の土地が、突堤を至近距離にして水瀬に近く、西南の隣地には組合の借用地もあり、東北側は県道に沿い漁具類の運搬、漁夫の往来に極めて便利な関係位置であることは検証調書により明らかである。

第二の点については記録に顕われた証拠に明らかな通り本件当時組合のこの土地使用関係は法律上むしろ権利と言い得ない状態にあつた。その上所有者山本はこの土地の需要度の高まるのに乗じ、必要とあればできるだけ高額の金銭を得て他に抵当権を設定するなり、売渡するなりして金融を得んとする気勢を示していたことは、同人の証言、被告人等の公判廷における供述から容易に認めうるところである。すなわち相当の出捐において本件土地は組合のために確保する措置を緊急に要したのである。従つて残る問題は第三の三十五万円の出捐が右目的のため不当に高価であるか否かである。この点については、前記建物敷地の外二筆にまたがる山本所有の土地全部についてこれを売買予約の契約金とみるべきか或は右三十五万円を債権とし、この土地を代物弁済の特約に対する目的物件とみるべきか或いは敷金、権利金と見るべきか、それとも借地料の前払と見るべきかについては卒直に言つて確たる証拠はない。いずれにせよ甲一号証の協約書と関係者三名の供述、証言等を綜合して認められることはいわゆる一般の貸付金ではなく前にもふれた通り、そして判文にも指摘されていることであるが経理上借地料として処理され、土地使用に関連して支出せられていることだけは疑ない。そうだとすれば竹谷和吉の右土地の評価に関する証明書、岩脇太一の証言(二一四丁以下)本間市之助の証言(二二九丁以下)木村三吉の証言、山口藤太郎の証言等からみて、本件の三十五万円の支出が如何なる意味でも不当に高価な対価ではなかつたこと明らかである。

(四) 上述したように本人のためにする意図を以て行われた支出行為であり且つ現にその意図にたがわず土地の確保がなされている場合(被告人等の本人尋問、木村証言参照)に、これをしも受益者である組合に対して任務に背く行為であると言いえないこと言うまでもない。更に百歩を譲つて本件行為が原判決の立場のように非事業資金の貸付であるとしてもそれによつて得られる本人たる組合の財産上の利益が質量共に至大であり、従つて又その行為が組合の事業目的遂行を容易にし且つその発展助長に寄与すること明らかな本件の如き場合には、もはやその支出乃至貸付行為はむしろ組合の事業執行上の事業費支出行為とみるのが相当である。原判決はこの点金銭支出の名目や、前例などに拘泥して大局を見過り行為の全体を組合の事業目的並びに当時の具体的な組合側と相手方の事情に即して、これらの事情との関連において綜合的に行為の法律的評価をなすことなく、前例のない非事業資金の貸付行為を以て直ちに背任行為ありと即断したのは、事実の認定に当つて審理不尽の違法を犯し結局背任とはならない事実を以て背任行為なりと誤認するに至つたものというの外はない。

三、被告人両名が、組合に対して財産上の損害を加えた事実は全く存しない。仮りに原判決摘示の通り被告人等の行為が、山本に対する三十五万円の貸付であるとしても、更にその貸付行為が組合に対して財産上同額の損害を加えたと言われる為には、右貸金の回収が不能になつたか、或は著しく困難になつたとの事情がなければならない。ところが原審の記録によれば右事実を認めるに足る証拠は何一つない。又実害発生の危険を生ぜしめるに足る証拠もない。もつとも、前記の通り小島作二郎作成にかかる答申書には、

「山本勘次さんに組合が借地借家料として三十五万円支払つたことになり組合の欠損金として処理されたわけである」旨の記載があるが、之を以つて直ちに組合の山本に対する右支払が組合の欠損であつたと断ずるのは早計である。何となれば、被告人後藤幸太郎が伝票を起す際同人の経理事務に不慣のためその処理を誤り、伝票に借地借家料と記載したことに起因して、帳簿上で形式的に経費勘定に計上されたに過ぎないのであつて、山本勘次が組合に返済することを無視しているのではない。まして前述の通り本件の金員交付の趣旨は、被告人等が山本勘次に対し組合のため、黒姫漁場にとつて必要不可欠の施設である組合所有倉庫二棟の敷地使用権確保の対価として支払われたものである。

右事情の下で被告人等の行為が組合に対し猶損害を加え、又は損害発生危険性ありとされるには、山本勘次に交付した金員の代償として組合が確保した黒姫所在倉庫二棟の敷地の使用権の価値が著しく低いか、右敷地の使用料が右金利に比して低廉であるか、或は又右敷地使用権の権利が危殆にひんすること明らかである等の事情が存在することを要するところ原審証人道下権二(記録一八八丁以下)同本間市之助(記録二二九丁以下)竹谷和吉作成の証明書(乙第二号証)等を綜合すれば山本所有黒姫所在土地の時価は五十万円を下らないこと明瞭である。又昭和二十八年十二月以降原審弁論終結迄の間、組合が山本勘次からは勿論、その他の第三者から前記土地に関してその明渡の要求を受けた事実を認むべき証拠はない。現に組合が右倉庫を使用中であることもすでに法廷に顕れた証拠により明らかな事実である。この意味に於て組合の土地使用についてはその権利が充分確保されたものと認められる。又昭和二十八年十二月以降現在まで組合の前記土地使用料は無料であつて、組合の山本に対する前記融資の金利と右使用料の相殺は、決して組合の損失とは言えない。何となれば三十五万円に対する金利を年一割とみてもその利息は三万五千円であつて、之は隣接土地の使用料と比較すれば明瞭なところである。(原審に於ける証人伊藤茂は自己所有地約二百十坪の昭和二十八年度以降に於ける年間賃料は、最少七、八万円を下らない旨を証言している。)

以上の通り被告人の本件行為は組合に対し如何なる意味に於ても損害を与えた事実は証拠上全く認められない。この点に於て被告人両名が組合に対し三十五万円の損害を与えたと認定する原判決には事実の誤認を犯した違法あること明らかである。

叙上の通り犯意及び目的を欠き、その行為も任務に背いているとは言い得ない上に、本人たる組合に対し何等の損害も与えていない被告人両名の行為を以て、背任行為なりと断じた原判決は、その事実の認定を誤つた重大な違法があり、これが判決に影響を及ぼすことも亦明らかであるから到底破棄を免れない。

弁護人長島兼吉の控訴趣意

第一点原判決は背任についての判定基準を誤解して事実を認定した。

具体的事実行為が背任行為か否かは、その処理すべき事務の性質や内容との関連に於て判断すべきで、その判断は当該事務処理の性質や内容に照して通常の業務執行の範囲を逸脱しているか否かによつて判断しなくてはならぬ。従来の判例はこの点について、背任行為の本質はその行為が信義誠実の観念に反する点であると断じている、従而たとへ当該行為が法令の明文や法律行為の文言に違反せずとも反信義誠実的行為であればその行為は背任行為であるし、反対に法令の明文、法律行為の文言に違反していても信義誠実に基く行為であれば背任行為ではない、と信義誠実の観念を基準にして当該行為を背任か否か判定している。さて被告人等の本件行為は右判定基準に照して果して背任行為であろうか。勿論非事業資金の貸付については定款に何等の規定はないから、所謂本件貸金行為(被告人は、後述の如き特別の事情により已むを得ず山本の貸金申込に応じたがその実質は土地賃貸借契約の敷金である旨を供述しておる)だけを抽出してその外観と形式を皮相的に観察するときは原判決が認定する如く背任行為であるが、前記判定基準に照すならば、先づ被告人等の行為が信義誠実の観念に基いて真に内海府漁業協同組合(以下単に組合と略称する)の為に已むなく為されたものであるか否かを判定し、然る後背任か否かを判断しなくてはならぬ。被告人等が組合経営の必要上已むなく組合の利益の為山本勘次の申込に応じて非事業資金を貸付けた特別の事情は次の通りである。

(一) 組合は黒姫漁場の施設の為山本勘次所有両津市大字黒姫字宮ノ本一五田七畝五歩外一筆の一部現況宅地上に建設の倉庫二棟を他より買受け之を所有しておるが未だ山本との間に土地賃貸借契約の締結もなく、賃借権譲渡については山本の口頭の承諾こそあれ承諾書はなく何時建物収去を請求されるかも分らぬ状態であつた。(昭三〇、一、一九司法警察員巡査石川徳男作成山本勘次供述調書第四、五項参照-組合長と専務が私に、金を貸してもよいが今後黒姫漁場で必要のときはあんたの土地を借してくれるか-必要のときにはぜひ使用してもよい-それなら三五万円貸付するから黒姫が必要のとき土地を使用させるという契約書を作成してくれ-)

(二) 右二棟倉庫は組合の黒姫漁場運営に絶対必要で、その借地権の確保も亦然りであるし、逐年漁獲高漸増で当時既に年間一億二、三千万円の漁獲をしていた組合としては山本所有右二筆田全部を借入して之を埋立て陸上施設の拡充が必然的要請である、而も右二筆の土地に代るべき土地はこの漁場付近にない。(証人岩脇太一証言-倉庫は狭くて全部入らないので………番小屋近くにあるトンネルの中にも資材を入れてあります………バスが通行するときはその資材を取除かねばなりませんが現在では………橋を修理中で………バスが黒姫部落へ通つて来ませんからそのトンネルを利用して資材を積んでおき、資材を保管する場所としては、山本勘次の田地を離しては他に適地はないと思います。)そこで被告人等は山本の右借入申出を定款違反を理由に断ることは易いが、若し断つた場合は山本はどう出るか、恐らく前記(一)項の借地権確保も、(二)項の将来の接続地借増しによる陸上施設拡充の要求も蓋し不可能となる状況にあつた。(金に窮した山本は右田地を常に内海府漁協と利害相反関係にある漁業者に売渡す惧れもあつた。)而してこの特別事情は証人道下権二、同伊藤茂、同本間市之助、同木村三吉の各証言によつても充分窺知出来る。

要之、被告人等の右行為は、山本の利益を図つたものではなく、組合の将来の利益を慮つた信義誠実の観念から出た行為で背任行為とは云われぬ。

第二点原判決は被告人等は組合に対して財産上金三十五万円相当の損害を与へたと断じたが、何等の損害をも与へてはおらぬ。

背任罪は「財産上の損害」という結果の発生が構成要件で、その損害は積極的消極的損害、時には財産上損害発生の危険を含むことは勿論であるが、本件に於ては前記の如何なる意味の損害も蒙らしておらぬ。蓋し被告人等の本件行為が仮に単純の貸金行為だとしても、

(一) 元金三十五万円は返期に返済されるであろうし若し返済せぬ場合は借地や接続地による代物弁済を受けることも可能であり、本件二筆の田地の価格が元金相当の時価であることは証人岩脇太一の証言-この田地は黒姫部落の付近では一等田の価値があるものと思います、………両津市北端の鷲崎部落の田は売買価格が現在一反歩四、五十万円位します………黒姫部落の山の手の田地でも一反歩二、三十万円はします。又証人本間市之助の証言-その田地は黒姫部落では平坦地にあつて一等田に属するもので………黒姫部落は田地が少いので一日二回位しか往き来できないような山の手にある田地でも一反二十五万円位しますから山本の田地は五十万円位はするものと思います、………と証言しており又元同村村長であつた右岩脇証人の証言によると黒姫部落は供出農家は一軒もなく部落の三分の一は二反二畝歩以下の耕作者である旨証言しておるが田地の少い程反当売買価格の高いことは言を俟たぬ。

要之、元金三十五万円の回収が不能であるという何等の証拠はないし、又この金は山本に対して贈与したものでもないから組合に金三十五万円の損害を与へた旨の判断は失当である。

第三点被告人等の行為には背任の目的がなかつた。

背任罪は目的犯で「自己若しくは第三者の利益を図り」又は「本人に損害を加へる目的が構成要件でこの目的即ち動機がなければその行為は背任罪とはならぬ。従而前陳の如く被告人等は本人たる組合の利益の為に右山本に対して融資をしたものであるから、たとへ本人に損害を生じたとしても、又その損害発生に未必の故意があつたとしても背任罪とならぬことは従来から判例の示すところである、而して被告人等にかかる目的のなかつたことは前陳の特別事情や土地賃貸借協約書作成等の事実によつて明白である。

第四点被告人等に背任の犯意がなかつたことは一件記録に徴して明らかである。背任罪は行為者自ら「任に背く行為を為す」ことの認識が必要である、判例によると自己の行為が、その担当任務に背反することの認識を要し、若し自己の行為が任務に適合するものと信じて行動した場合は犯意を阻却するといい、更にしかく信ずる過程に於て過失があつても、即ち事実の錯誤や法律の誤解があつても尚且犯意は阻却され犯罪は成立せぬと判示しておる。被告人等は山本の融資申込を断つた場合に於ける組合の損失の甚大であるべきことを慮り最善の方法として、前記借地について土地賃貸借協約書を作成せしめて金三十五万円を右契約の敷金とし、その利息を借地料に振向けてその回収を確保し、敷金を返還せぬ場合は土地による代物弁済契約をも締結した(山本勘次証言参照)、かくして不安定であつた借地を確保し且将来右借地の接続地借増しの手頼をも作つたのである。

如斯被告人等は本件行為こそ自己の任務(組合の漁業経営の好転、将来発展等)に最適合する行為であると確信して行動こそすれ、背任の犯意は全然なかつた。

(その余の控訴趣意は省略する。)

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